芭蕉の旅「奥の細道」No1

 

「奥の細道」の旅に出る決意

芭蕉は旅の俳聖といわれています。
その生涯をかけた「奥の細道」の旅を俳諧の道と芭蕉は考えていました。

芭蕉が尊敬する西行や宗祇(そうぎ)、中国の詩人杜甫や李白もみな旅の道で死んでいます。
人生五十年と言われた時代に、四十六才といえば、すでに体も弱く、この旅は帰るところを持たぬ行き倒れの旅を覚悟したものでした。

そうして、長年住み慣れた深川の芭蕉庵を人手に渡し、門人杉風(さんぷう)の別荘に移り、いよいよ北陸、奥羽の旅に出るのです。

門人杉山(すぎやま)杉風(さんぷう)とは、芭蕉が二十九才の時に初めて江戸へ下った折に落ち着いたのが二十五才であった杉風の家といわれています。

その後、江戸に生まれ幕府に魚を納める問屋「鯉屋」の主人であった杉風は、深川の庵に芭蕉を住まわせて、自らその世話をしていたともいいます。

「奥の細道・序文」過去番組をYouTubeからご覧ください。
https://youtu.be/6D7N_4jbrXc

 

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