芭蕉の旅「奥の細道」No9・あさか山からしのぶの里

あさか山からしのぶの里

等躬の宅から旅を続け五里ばかり行くと、奥羽街道の宿である檜皮(ひはだ)の宿がありそこを更に進むとあさか山があります。

ここからは道が近くになり、沼の多いところです。

かつみを刈る頃がもうすぐであろうと、この辺ではどの草をかつみ草の花というのかと尋ねたけれども知る人がいないようで、沼で人に尋ねて「かつみかつみ」と聞いて歩き、日は山の端に掛かる頃となってしまったとあります。

二本松より右に曲がり、黒塚の岩屋と言われる謡曲「安達原」で有名な鬼女の岩屋を一見して、福島の宿にたどり着ています。

そうして一泊して、翌朝にしのぶもぢ摺の石を尋ねて忍ぶの里を訪ねています。遥か山陰の小さな人里にあるその石は、半ば土に埋もれてありました。すると、その里の童が寄って来て、教えてくれるところによると「昔はこの上にあったのですが、往き来する人が、麦の葉をちぎって、この石で試しなさるをいやがって、この谷へ突き落したので、石の表が下向きに伏している」というのです。

この地が、昔風雅な模様のしのぶもぢずり絹の産地であったことから、この石のいわれに感動して、芭蕉はここで一句詠んでいます。