芭蕉の旅「奥の細道」No13・壺の碑(いしぶみ)

壺の碑(いしぶみ)

加右衛門の画いてくれた絵図を頼りに行けば、奥の細道の山際に十符の菅で有名なところがあります。

今でも毎年編み目が十ある菅菰(すがごも)をととのえて千代藩主の伊達氏に献上しているといいます。

壺の碑(いしぶみ)は市川村の多賀城にあります。この壺の石ぶみは、高さ六尺余り、横三尺ばかりでありましょうか。苔を払いのけて見ると、文字が幽かに見えます。そして、四方の国境までの里数が記されています。

そして「この城は、神亀元年、按察使によると、鎮守符将軍大野朝臣東人が設置したものえある。天平宝字六年には、参議東海東山節度使により、同じく将軍恵美朝臣朝猟が修造したもの。12月1日」とあります。

これは聖武皇帝の時代に当たります。その昔より語り伝えられている歌枕は沢山あるとは言え、山は崩れて、川は流され、道が新たに出来て、石は埋もれて土に隠れて、木はすっかり老いてしまい若木にかわってしまえば、時は移り時代は変わり、すでにその跡は確かではないことばかりを、ここに至っては、疑いなく千年のかたみであり、今だにこの目の前に古人の心をあらためて見るものです。

これは行脚の旅の一徳であります。命があってこその悦びに、旅のつとめを忘れて泪が落ちるばかりだったとあります。