芭蕉の旅「奥の細道」No18・尿前の関から尾花沢へ

尿前の関から尾花沢へ

南部街道をはるかに見て、岩手の里に泊まります。

小黒崎、みづの小島を過ぎて、鳴子温泉から尿前の関にさしかかって、出羽の国へと越えようとしました。

この道は、旅人も少ないところで、関守に怪しまれましたが、何とかやっとの思いで関所を越えます。

大山を登って日がもう暮れてしまい国境を守るお役人の邦人の家を見つけて旅の宿として泊まらせてもらえないかと頼みます。

それから三日は雨や風が荒れて山中の旅路を進むことが出来ずにとどまるしかありません。芭蕉は、ここで一句詠んでいます。

その家の主が云うには、ここから出羽の国までは大山を隔てて道もはっきりしていません。案内の人を頼んで越えた方が良いでしょうとのことです。

それでは、人を頼まなければと頼んだところ、たいそうな力の強そうな若者が、刀身にそりのある脇指しをよこたえ、樫の木の杖をたずさえて、我々のさきに立って進んで来ます。今にも危ない目にあうのではないかと、内心びくびくしながらその案内人の後をついて行くのでした。

まったく主の言う通り、山道は高く、森は深々として、鳥の声ひとつしません。木下闇は草々と茂り、まるで夜のようです。

あたかも雲のはしに砂ぼこりが降るような気持ちで、群がり生える篠竹の中を踏み分け踏み分け、水に濡れている渡り岩に躓き、肌には冷たい汗を流して、やっとのことで最上の庄に出ました。

あの案内人の男の若者が云うには「この道は、必ずと言っていいほど思いもよらない事が起こる物です。何事もなくここまでこられてまったく幸なことです。」と喜び、そこで別れています。

後から聞いても、胸をなでおろすようなびっくりするような思いです。

そうして尾花沢に清風という人物を訪ねることになります。

彼は、裕福なお金持ちで、しかも志は決して下品ではなく、都に時折やって来ていて、さすがに旅の情けも良く知っています。そんな日ごろの経験から、芭蕉一行の長い道のりを労わり、さまざまなもてなしをしてくれたとあります。

そして、ここでは芭蕉が三句、曾良が一句詠んでいます。