芭蕉の旅「奥の細道」No21・象潟

象潟

大河と山、水上と陸地の風光明媚な場所が数限りなくあると言う象潟へと、今、心が急き立てられます。

酒田の港より東北の方へ山を越えて磯を伝って砂ばかりの地を踏みしめながら進み、その際の距離十里、日の影が少し傾く頃、汐風がこまかい砂を吹き上げ、雨が降りぼんやりと暗く出羽富士と言われる鳥海山が隠れています。暗中に模索して「雨もまた珍しいものだ」とすれば、雨の後の晴れた景色も又頼もしいものだと、海女の苫屋に膝を割り仲間に加わり雨の晴れるまで待っていました。

その翌朝は天まで良く晴れて、朝陽が指し込んできて辺りを明るく美しくして、象潟に舟が浮かぶ姿が見えます。

まずは能因島に舟を寄せて、三年間世事から離れて暮らしていたという跡を心配して聞くと、向こう岸に舟から上がれば「花の上こぐ」と詠まれた桜の老木があり、西行法師の記念であると残されていました。入り江の上には墓所があります。神功后宮の御墓だといいます。その寺を干満珠寺といいます。

この場所に天皇がこられたことは未だに無いと言われています。いったいどうゆう事でしょうか。この寺の一丈四方の居所にすわり、簾を捲き上げれば、その風景は一目で見渡せてしまい、南に鳥海山が天をささえて、其の陰を入り江にうつしています。西には、むやむやの関が路の果てに見えて、東には堤を築いて、秋田へ続く道がはるかに見え、海を北にかまえて波が打ち寄せる所を汐こしといいます。

この入り江は、縦横およそ一里ほどで、松島にどこか俤が似ているかと思えば、又違うようでもあります。

松島は笑うようで、象潟は恨むように見えます。寂しさに悲しさを加えて、その地のありさまは憂いに沈む美人の風情のようだとあります。

ここでは、芭蕉が二句詠んでいます。

更に「祭礼として」と曾良やみのの国の商人低耳が句を詠んでいます。

そして「岩の上の雎鳩(みさご)の巣をみる」として曾良が詠んでいます。