芭蕉の詠んだ新茶の句

今日は八十八夜が過ぎて新茶が出はじめる季節ですので、芭蕉の詠んだ新茶の句を探してみました。
芭蕉の時代は江戸時代ですから、立春からが新年で春となっていました。その辺の新旧の感覚のズレはありますが「新茶」は春の季語なので大丈夫だと考えます。

ところが探して見ると意外に少ないので驚きました。「新茶」という言葉そのものではないのですが

元禄5年1692年芭蕉49才の時の句に

口切(くちぎり)に境(サカイ)の庭ぞなつかしき・・・芭蕉

と言う句がありました。これは「口切」というお茶の専門用語を使った俳句です。
新茶の口切りの茶会が開かれ、何とその場所は境の庭であることだなァ。なつかしいかぎりである。という意味なのですが、「口切」とは、陰暦10月の初め頃に、新茶の茶壷の口を切ること。また、その新茶でする茶会。口切の茶事。ということで、冬の季語なのです。

これでは、内容は新茶の句ですが、今の時代では季語の「新茶」は春なので、お茶には4回茶摘みの時期があると云いますが、冬では少し印象が違いますよね。

そこで「茶摘み」で探してみましたところ、元禄7年1694年芭蕉51才の時の俳句に

駿河(するが)路(ぢ)や花(はな)橘(たちばな)も茶の匂ひ・・・芭蕉

何とも駿河の国の旅路らしい光景であるなァ。橘の花が咲き、お茶の良い匂ひがただよって来るではないか。という意味の俳句です。駿河は今の静岡です。

ですので、これは「花橘」と「茶の匂ひ」で茶摘みの頃の晩春から初夏の句です。
「花橘」は夏の季語ですから、ちょうど「茶摘み」の頃の句でしょう。もう1句ありました。元禄7年1694年芭蕉51才の時の俳句

木隠(こがくれ)て茶つみも聞(きく)や時(ほとゝ)鳥(ぎす)・・・芭蕉

木の蔭に隠れてお茶摘みの人々までもがはやくも鳴き初めた時鳥の声を聞いていることだなァ。という意味の俳句です。これはまさしく「茶つみ」ですから間違いなく新茶の頃の俳句ですね。

芭蕉は「新茶」としては、あまり句をのこしていないようです。今だから八十八夜の茶摘みが有名で一番茶ですが、一年の内には何回か茶を摘む時期があるらしいので、その辺の兼ね合いなのでしょうか?定かではありませんが、少ない芭蕉の詠んだ新茶にまつわる俳句でした。他にもあるのかも知れません。

(2021・5・2)