ブログ

このブログでは、俳句の旅をWebで公開してゆきたいと思います。
旅の俳聖といえば松尾芭蕉です。芭蕉は生涯に千句余りの句を残したといわれていますが、この俳句の旅のブログでは、そんな芭蕉の俳句を中心に旅を始めたいと思います。

★オンライン講座「芭蕉の奥の細道を原文で読もう!」
無料公開Facebook過去番組<黒羽><雲巖寺>はこちらからhttp://uenotakako.com/?haikutv=52350



ブログ一覧

芭蕉の詠んだ紫陽花の句

芭蕉の詠んだ紫陽花の句を探してみました。あまり多くはないのですが2句ありました。

 

紫陽花や藪を小庭の別座鋪

紫陽花や帷子時の薄淺黄

 

最初の句は元禄七年の句と思われます。この時には芭蕉51才となります。

芭蕉が奥の細道に出るのが46才の時ですから、この頃はもうなくなる少し前でしょう。有名な「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」を詠んだのもこの年51才の年と言われています。

もうひとつの句は、年次不詳となっていますが、紫陽花の句は、この2句でした。

どこか上品な風雅の世界を感じますね。今で云う料亭のようなお座敷の句でしょうか。そして、次の句は、夏の着物の淡い黄緑色を詠んだのでしょうか。どちらも上品な紫陽花の華やかさを感じます。

雨の多い夏に咲く大輪の紫陽花は、江戸時代から華やかな花だったようです。

(2018年5月16日)

 

芭蕉が詠んだ桜の句

2018年の桜は例年に比べて開花が早いですね。このところ年々はやまっているようです。

さくらは咲き始めると1週間くらいで満開を迎えてその後一週間くらいが最高の見ごろだと言われます。東京では開花が17日でしたから、来週のエープリールフールの頃までが一番の見頃のようですね。

芭蕉も江戸時代に流行ったと言われているお花見や各地のさくらの句が沢山あります。今回は出来るだけ抜粋してみました。全部で36句ありました。まだまだあるかもしれませんが、桜の季節に芭蕉がどんな句を詠んでいたのか多いに気になりますね。

芭蕉の桜の句

2018年芭蕉の桜の句

としどしや櫻をこやす花のちり
命二つの中に生たる櫻哉
さまざまの事おもひ出す櫻かな
花をやどにはじめをはりやはつかほど
このほどを花に礼いふわかれ哉
よし野にて櫻見せふぞ檜の木笠
花の陰謡に似たる旅ねかな
櫻がりきどくや日ゝに五里六里
さびしさや花のあたりのあすならふ
花ざかり山は日ごろのあさぼらけ
景清も花見の座には七兵衛
しばらくは花の上なる月夜かな
猶見たし花に明行神の顔
鶴の巣に嵐の外のさくら哉
木のもとに汁も鱠も櫻かな
畑打音やあらしのさくら麻
似あはしや豆の粉めしにさくら狩
種芋や花のさかりに売ありく
人里はみな花守の子孫かや
四方より花吹入てにほの波
鐘消て花の香は撞く夕哉
思い出す木曾や四月の櫻狩
聲よくばうたはふものを桜散
散花や鳥もおどろく琴の塵
春の夜は櫻に明けて仕廻けり
ゆふばれや櫻に涼む波の花
櫻より松は二木を三月越シ
木の葉散櫻は軽し檜木笠
花の雲鐘は上野か浅草か
奈良七重七堂伽藍八重ざくら
初花に命七十五年ほど
咲乱す桃の中より初桜
うかれける人や初瀬の山桜
草いろいろおのおの花の手柄かな
よし野にて桜見せふぞ檜の木笠
花ざかり山は日ごろのあさぼらけ

 

今年のこの抜粋の中で私は以下の3句がとても好きです。

さまざまの事おもひ出す櫻かな

しばらくは花の上なる月夜かな

花の雲鐘は上野か浅草か

いかがですか。お花見の季節の切なく短い夢のような一時を、期待しながら待つ江戸時代の芭蕉の気持ちが伝わる名句ですよね。お花見には染井吉野が多く、山桜の句との違いが良く解ります。上野の不忍の池から浅草の浅草寺あたりのさくらまで、江戸のさくらが一斉に咲いて、まるで雲のような美しい景色が目に浮かぶようです。

 

 

芭蕉が詠んだ梅の句

早春の声が聞こえる頃となりました。まだもう少し東京では寒い日が続きますが、例年通りなら、お雛祭りの頃には風も和らいでくるのですが、今年は果たしてどうなのかな?

そんな、早春の二月となるとやはり梅の咲き始める頃ですね。

此の梅の花は、万葉の頃には桜よりも好まれて多く歌にも詠まれていました。

芭蕉の江戸時代はどうなのでしょうか。今回は梅の句を探してみました。約21句見つかりました。

 

盛なる梅にす手引風も哉

降る音や耳もすふ成梅の雨

我も神のひさうやあふぐ梅の花

るすにきて梅さへよそのかきほかな

初春先酒に梅賣にほひかな

世にゝほへ梅花一枝のみそさゞい

梅白し昨日ふや鶴を盗れし

梅こひて卯花拜むなみだ哉

忘るなよ藪の中なる梅の花

さとのこよ梅おりのこせうしのむち

梅つばき早咲ほめむ保美の里

先祝へ梅を心の冬籠り

あこくその心もしらず梅の花

香にゝほへうにほる岡の梅のはな

手鼻かむをとさへ梅の盛哉

梅の木に猶やどり木や梅の花

御子良子の一もと床し梅の花

紅梅や見ぬ戀つくる玉すだれ

梅若菜まりこの宿のとろゝ汁

梅が香やしらゝおちくぼ京太郎

かぞへ来ぬ屋敷~の梅やなぎ

 

やはり梅の句は風流ですね。芭蕉にとっても梅は美しくて香りの良い春の花だったようです。

芭蕉は、梅の花を白梅と紅梅に分けて詠んでいる句はあまり無いようですね。江戸時代にはどちらが多かったのでしょうか?白梅は、わざわざ白いと詠まなくても梅と言えば白梅だったのかもしれません。けれども「梅白し」という句もあるので、どちらとも言い難く、庭に咲く姿は見事だったようです。

そして、自然に咲いている姿も詠んでいます。白い梅か紅い梅か、想像してみるのも面白いですね。

最近では品種も多く、白梅が早く咲くと言いますが、寒紅梅などの種類もあり、庭園などではまさにどちらが先か解らないようです。

 

(2018・2・18)

 

 

 

芭蕉の詠んだお正月の句

芭蕉の詠んだお正月の句「新年」

 

春立つや新年ふるき米五升

 

「新年」で探したところ芭蕉38才のころのこの句しかありませんでした。
この句からも、江戸時代は立春がお正月だったことが良く解りますね。そこで、「餅」の句を探してみました。

 

餅雪をしら糸となす柳哉

餅を夢に折結ふしだの草枕

餅花やかざしにさせる娌(よめ)が君

誰が聟(むこ)ぞ歯朶に餅おふうしの年

煩(わずら)へば餅をも喰はず桃の花

鶯や餅に糞する縁のさき

 

やはり「餅」の句となるとお正月らしいですね。けれども「餅」は季語としては冬ですが、現代では春の季語とされている言葉との季重なりが目立ちます。

 

初春先酒に梅賣にほひかな

幾霜に心ばせをの松かざり

古畑や薺摘行男ども

二日にもぬかりはせじな花の春

よもに打つ薺もしどろもどろ哉

元日は田ごとの日こそ戀しけれ

やまざとはまんざい遲し梅の花

元日や猿に着せたる猿の面

蒟蒻にけふは賣かつ若菜哉

蓬莱に聞ばや伊勢の初便

一とせに一度つまるゝ菜づなかな

むめがゝにのつと日の出る山路かな

 

初日の出の習慣は、日本古来のものであるようなのですが、明治以降に盛んになったと言われています。芭蕉の句にも「日の出」とあり「初日の出」とは詠んでいません。

芭蕉の時代には春とともにお正月を迎えますから、薺や若菜などの句が新年に詠まれています。今でも七草粥にその名残りがあります。元日や二日と言った三が日の句も詠まれていますね。

 

(2018・1・8)

 

芭蕉の詠んだ年末の句

成にけりなりにけり迄年の暮

わすれ草菜飯につまん年の暮

年暮ぬ笠きて草鞋はきながら

めでたき人のかずにも入む老のくれ

年の市線香買に出ばやな

月雪とのさばりけらしとしの昏

旧里や臍の緒に泣く年の暮

皆拜め二見の七五三をとしの暮

盗人に逢ふたよも有年のくれ

魚鳥の心はしらず年わすれ

分別の底たゝきけり年の昏

古法眼出どころあわれ年の暮

 

芭蕉が師走も押し迫った年末の句として「年の暮」を詠んだ句は約12句ありました。年の市や年忘れも含めて抜粋致しましたが、毎年、それぞれの年末の様子が垣間見れます。

年の暮には、芭蕉も魚や鳥を食べて無礼講だったのか、動物を憐れんでいる句が印象的です。

旅の俳聖だけあって旅先で年末を迎えることもあったようですね。見知らぬ土地での切なさを感じる句もあります。

ふだんの旅吟よりどこか切ない年の終わりを惜しみつつ、来る年を待ちわびている芭蕉の気持ちが、時を越えて今の平成に生きる私達にも伝わって来ますね。