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このブログでは、俳句の旅をWebで公開してゆきたいと思います。
旅の俳聖といえば松尾芭蕉です。芭蕉は生涯に千句余りの句を残したといわれていますが、この俳句の旅のブログでは、そんな芭蕉の俳句を中心に旅を始めたいと思います。

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芭蕉の詠んだ年末の句

成にけりなりにけり迄年の暮

わすれ草菜飯につまん年の暮

年暮ぬ笠きて草鞋はきながら

めでたき人のかずにも入む老のくれ

年の市線香買に出ばやな

月雪とのさばりけらしとしの昏

旧里や臍の緒に泣く年の暮

皆拜め二見の七五三をとしの暮

盗人に逢ふたよも有年のくれ

魚鳥の心はしらず年わすれ

分別の底たゝきけり年の昏

古法眼出どころあわれ年の暮

 

芭蕉が師走も押し迫った年末の句として「年の暮」を詠んだ句は約12句ありました。年の市や年忘れも含めて抜粋致しましたが、毎年、それぞれの年末の様子が垣間見れます。

年の暮には、芭蕉も魚や鳥を食べて無礼講だったのか、動物を憐れんでいる句が印象的です。

旅の俳聖だけあって旅先で年末を迎えることもあったようですね。見知らぬ土地での切なさを感じる句もあります。

ふだんの旅吟よりどこか切ない年の終わりを惜しみつつ、来る年を待ちわびている芭蕉の気持ちが、時を越えて今の平成に生きる私達にも伝わって来ますね。

 

一茶の詠んだ桜の一句

歌人西行は「願わくは花の下にて春死なん その望月の如月の頃・・・西行」と詠んだといわれています。歌人達は桜に酔いしれてさまざまな歌を残していますが、一茶は西行とは違い、小さな雀やお馬などの動物の句が沢山あります。それでもやはり桜見物は江戸の頃にはかなり盛んに行われていましたから、一茶にも桜の句が無いはずはありませんね。

そこで、今回は一茶の詠んだ桜の句を探してみましょう。

まずは、

「桜花 何が不足で ちりいそぐ・・・一茶」

こんな句が見つかりました。この句は七番日記の春に収録されているようです。

まるで今の私達の時代に生きているかのような俳句ですね。

新型コロナウイルスで世の中緊迫しています。自粛自粛で不安な毎日ですが、時は待ってはくれません。

今年は特に桜の開花が早く、もう花吹雪となりそうです。

一茶がどこからか、この句を詠んでいる声がしてきそうな今年にピッタリな桜の句ですね。

芭蕉の詠んだ桜の句より

芭蕉の詠んだ桜の句のなかに

「菜畠に花見顔なる雀哉・・・芭蕉」

1685年貞享二年芭蕉42才の句があります。この句は解釈が難しい句ですが、「菜畠」「花見顔」「雀」と575にそれぞれがポイントとなる言葉を含んでいます。

「菜畠」とは菜の花の畑であろうと考えられますね。

「花見顔」とはお花見で楽しそうな満足顔でしょう。

「雀」ここでは愛らしい村雀か人なつこい小鳥ですね。

それぞれが季節は春と感じさせますが、雀には季節感はないですね。けれども句の意味としては雀がお花見をしているような春を喜んだ顔に見えるという意味でしょう。

菜畠はさまざまな菜っぱの植えてある畑であるはずです。そこに花が咲いているのかどうかは解りませんね。もしかしたら、菜の花を桜に見立てて雀を詠んでいるかもしれませんが、それは深読みでしょう。桜の咲く頃には当然菜の花も咲いていますから、ここでは、雀が菜っ葉の畑にいて可愛らしくそこにある桜の木でお花見をしているようだ。そんな光景が浮かびますね。

今年は桜が早いので、田園風景の一齣にこんな自然のなかで咲く美しい桜を目にしました。山に咲く自然の山桜や、畑の中の一本桜など、意外な場所にも意外な早い時期に咲いていました。

思いもよらない桜の花の早い開花が、新型コロナウイルスでなんでも自粛の時世にまるで浮世絵のように美しく見えますね。

(2020・3・25)

2020年3月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : admin

芭蕉が詠んだ梅の句

芭蕉の詠んだ梅の句の中で有名な句をご紹介!

「盛なる梅にす手引風も哉・・・芭蕉」

あまりに美しい梅の花に見とれて手折ることが出来ない気持ちでいる風よお前も同じようにこのままで散らさずに優しく吹きすぎてくれるといいなァ。

そんな気持ちで芭蕉はこの句を詠まれたのでしょう。

江戸の頃には桜が人気になり花見が盛んですが、それでもいち早く咲く梅は平安の万葉集にも桜よりも多く詠まれていると言われるくらいに人々に愛されていたようですね。

芭蕉の詠んだ「梅」

2020年3月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : admin

俳句575第五回切れ字「けり」の考察

「奥の細道」より切れ字のチェック一覧

1草の戸も住み替る代ぞひなの家

             季語   ひなの家

             切れ字  ぞ

2行春や鳥啼魚の目は泪

             季語   春

             切れ字  や

1●3あらとうと青葉若葉の日の光

             季語   青葉若葉

             切れ字  

2●4剃捨て黒髪山に衣更・・・・・曾良

             季語   衣更

             切れ字

5暫時は滝に籠るや夏の初

             季語   夏

             切れ字  や

3●6かさねとは八重撫子の名成べし・・・・・曾良

             季語   撫子

             切れ字  (「べし」助動詞終止形。命令形や形容詞の活用語尾ではない。)

 7夏山に足駄を拝む首途哉

             季語   夏山

             切れ字  哉

8木啄も庵はやぶらず夏木立

             季語   夏木立

             切れ字  ず

9野を横に馬牽(ひき)むけよほとゝぎす

             季語   ほととぎす

             切れ字  よ

10田一枚植て立去る柳かな

             季語   柳

             切れ字  かな

11卯の花をかざしに関の晴着かな・・・・・曾良

             季語   卯の花

             切れ字  かな

12風流の初やおくの田植うた 

             季語   田植

             切れ字  や

13世の人の見付ぬ花や軒の栗

             季語   栗の花

             切れ字  や

14早苗とる手もとや昔すのぶ摺

             季語   早苗

             切れ字  や

15笈も太刀も五月にかざれ帋(かみ)幟(のぼり)

             季語   五月

             切れ字  

4●16笠島はいづこさ月のぬかり道

             季語   さ月

             切れ字  

5●17桜より松は二木を三月越し

             季語   桜

             切れ字  「越す」動詞連用形。

6●18あやめ草足に結(むすば)ん草鞋の緒

            季語   あやめ草

            切れ字  

19松島や鶴に身をかれほとゝぎす・・・・・曾良

            季語   ほとゝぎす

            切れ字  や

20夏草や兵どもが夢の跡

            季語   夏草

            切れ字  や

21卯の花に兼房みゆる白毛かな・・・・・・曾良

            季語   卯の花

            切れ字  かな

22五月雨の降のこしてや光堂

            季語   五月雨

            切れ字  や

7●23蚤虱馬の尿する枕もと

            季語   蚤虱

            切れ字  

8●24涼しさを我宿にしてねまる也

            季語   涼し

            切れ字  「なり」助動詞終止形

25這出よかひやが下のひきの声

            季語   ひき

            切れ字  よ

9●26まゆはきを俤(おもかげ)にして紅粉の花

            季語   紅の花

            切れ字  

27蚕飼(こがい)する人は古代のすがた哉・・・・・・曾良

            季語   蚕養

            切れ字  哉

28閑さや岩にしみ入蝉の声

            季語   蝉の声

            切れ字  や

29五月雨をあつめて早し最上川

            季語   五月雨

            切れ字  し

30有難(ありがた)や雪をかほらす南谷

            季語   雪(夏だが残雪を詠んだ句)

            切れ字  や

31涼しさやほの三か月の羽黒山

            季語   涼し

            切れ字  や

10●32雲の峰幾つ崩て月の山

            季語   雲の峰

            切れ字  

33語られぬ湯殿にぬらす袂(たもと)かな

            季語   

            切れ字  かな

34湯殿山銭ふむ道の泪かな・・・・・・・・曾良

            季語   

            切れ字  かな

35あつみ山や吹浦かけて夕すゞみ

             季語   夕すゞみ

             切れ字  や

11●36暑き日を海にいれたり最上川

             季語   暑き日

             切れ字  

37象潟(きさかた)や雨に西施(せいし)がねぶの花

             季語   ねぶの花

             切れ字  や

38汐越や鶴はぎぬれて海涼し

             季語   涼し

             切れ字  や

39象潟や料理何くふ神祭・・・・・・・・・曾良

             季語   祭

             切れ字  や

40蜑(あま)の家(や)や戸板を敷て夕涼・・・・・・・・低耳(みのの国の商人)

             季語   夕涼

             切れ字  や

41波こえぬ契ありてやみさごの巣・・・・・曾良

             季語   

             切れ字  や

42文月や六日も常の夜には似ず

             季語   文月

             切れ字  や

43荒海や佐渡によこたふ天河

             季語   天河

             切れ字  や

12●44一家に遊女もねたり萩と月

             季語   萩と月

             切れ字

45わせの香や分入右は有磯海

             季語   わせ

             切れ字  や

46塚も動け我泣声は秋の風

             季語   秋の風

             切れ字  け

47秋涼し手毎にむけや瓜茄子

             季語   秋涼し

             切れ字  や

13●48あか〱と日は難面(つれなく)もあきの風

             季語   あきの風

             切れ字  

49しほやしき名や小松吹萩すゝき

             季語   萩すゝき

             切れ字  や

14●50むざんやな甲(かぶと)の下のきり〲す

             季語   きりぎりす

             切れ字  

51石山の石より白し秋の風

             季語   秋の風

             切れ字  し

52山中や菊はたおらぬ湯の匂

             季語   菊

             切れ字  や

15●53行〱てたふれ伏とも萩の原・・・・・・曾良 

             季語   萩

             切れ字  

54今日よりや書付消さん笠の露

             季語   露

             切れ字  や

55終宵(よもすがら)秋風聞やうらの山

             季語   秋風

             切れ字  や

56庭掃きて出ばや寺に散柳

             季語   散柳

             切れ字  や

57物書て扇引さく余波(なごり)哉

             季語   扇

             切れ字  哉

58月清し遊行(ゆぎょう)のもてる砂の上

             季語   月

             切れ字  し

59名月や北国(ほくこく)日和(びより)定なき

             季語   名月

             切れ字  や

60寂しさや須磨にかちたる浜の秋

             季語   浜の秋

             切れ字  や

61浪の間や小貝にまじる萩の塵

             季語   萩の塵

             切れ字  や

62蛤のふたみにわかれ行秋ぞ

             季語   行秋

             切れ字  ぞ

「奥の細道」内の句の番号 ●は切れ字がないと思われる句の番号

「奥の細道」にある句の内の「切れ字」について

切れ字「や」の数が二十九句もある。・・・・・・上五に多く使われている。
切れ字「けり」はほとんど無いと思われる。
切れ字「かな」は八句。・・・・・・・・・・・・下五に使われている。
切れ字の無い句が十五句。
※切れ字が無いと思われる十三句+2句(也「なり」「越し」は切れ字ではないとする。)=十五句。

俳句575第五回「切れ字って何」「けり」について

今回は切れ字「けり」のある句を見てみましょう。驚いたことに芭蕉は「奥の細道」では切れ字「けり」を一句も使っていません。

これは、このように細かく切れ字に焦点を当てて見て、第一回からこれまでを通して、初めて知ったことです。

「けり」が使われていないこと比べて、「や」がとても多い事が解りました。

芭蕉は、何故これまで切れ字の代表と言われて来た「けり」をまったく使わなかったのでしょうか。

私が考える所では、「けり」は、詠嘆と過去を表す助動詞という意味合いがあります。そこで、この紀行文では、その行程の難しさや、その土地に芭蕉自らが出向いてその場で書いているという臨場感を大切にするために、切れ字「けり」を使わないという作句法を摂ったのではないでしょうか。

それでは、芭蕉は「奥の細道」以外では、「けり」を使う事は無かったのでしょうか。
生涯に千句余りの句を残したと言われる中から、「けり」を探してみましょう。
まずは有名な名句を見付けました。

①行春を近江の人とおしみけり

この句には、芭蕉が推敲を重ねた記録が残っています。

②行春をあふみの人とおしみける

③行春やあふみの人とおしみける

この句は3句とも同じ句であるとされていて、それぞれに残されている作品集が違うようです。②は「猿蓑」に残されていて、作品集としてはこの句が名句ということになります。 そうなると、少ない「けり」の句とは一言では言い難いですね。

多くは切れ字「けり」とは、詠嘆や過去の意味を表わすとされ、下五に置くことが多いと言います。ところが探してみると「や」のようにどこにでも使われています。

秋来にけり耳を訪ねて枕の風  

甲比(かび)丹(たん)もつくばはせけり君が春  

旅烏古巣は梅(むめ)になりにけり    

春の夜は櫻に明けてしまひけり.  

あまり多くはないものの、上五、中七、下五と、それぞれにつかって、切れ字としての「けり」は、「~~だ」「~~だった」というように過去の詠嘆を表すものですから、語調の柔らかさなどから見ても、これまで言われてきたように、下五に使うことが効果的なように考えられます。

しかし、芭蕉は「奥の細道」ではひとつも使っていないのは何故なのでしょうか。

俳句は短い為に、過去か現在かで大きく変わると考えていたのでしょうか。
作品としての編纂上で、切れ字「けり」の句は省かれたのかも知れません。前後のつながりが不自然な書き方になってしまうからです。

まして、現代では「けり」をつかうことで「・・・だった」「・・・だなァ」というニュアンスになり前後の時間の流れがつかみづらいです。

その他、「けり」は助動詞であるために活用があり変化します。ですから切れ字「けり」とは言いますが、助動詞としては「ける」「けれ」なども使われ、切れ字として解りづらいです。一句をまとめるにあたっての時間軸が上手く表現しづらいためにあまり多くは使わないのではないかと考えます。

助動詞「けり」の活用
ラ変型。(けら)/〇/けり/ける/けれ/〇

ここで、単純な意見ではありますが、「けり」は「蹴る」と紛らわしいという事は、「奥の細道」の文中の句には使われていないひとつの理由にはならないでしょうか。

こうして考えてみると、確かに十七文字に凝縮された俳句の中に「けり」を効果的に使う事は難しいのかも知れません。

これは、現代においても言うまでもない作句上の慣習的な悩みですが、定型の中に慣習的に切れ字を使うというひとつの実作のコツは、どうも芭蕉の時代からすでにうやむやであったようです。

これまで切れ字について芭蕉の「奥の細道」をたたき台にして、切れ字の「や」「かな」「けり」の代表的な三つを採り上げて考察してきました。

これは、現代では切れ字と言われると、この三つを主にさしているからです。そして、この切れ字は、その有る無しをあまりこだわらない傾向がみられます。

けれども作句の現場で実作指導としてのアドバイスや添削の際には、未だに切れ字が有る無しを解いたり、また、その語調を整えるレトリック的な効果であっても、おうおうにして付け加えたりしています。

例えば、切れ字は一句の中に一つとすると良いと言われています。そして、三段切れは良く無いと言われています。
例句 目に青葉山郭公(ホトトギス)初鰹  山口素堂

けれども、この名句などは、上五、中七、下五と、すべての言葉が区切れていて、まるで三句一章です。それでも切れ字はありません。

例句 冬菊のまとふはおのがひかりのみ  水原秋櫻子

この句も有名な句ですが切れ字はありません。それでも句意は解りますし上手く言葉がまとまっています。これまでの経緯を鑑みると、私はいっそこの切れ字は、すでに現代ではあまり良く無いのではないかという結論に達しました。

大きな理由は、現代では使われない言葉であるために、その用法は感覚的なものでレトリック的であるということ。

そして、意味や解釈が大きく変わる場合まであるということ(切れ字の効果と弊害参照)です。助詞であれ助動詞であれその効果はもはや、特に切れ字である必要性が無いということです。

575の三つのフレーズに分かれていて、その韻文の美しさが俳句の良さです。こうして時代にあった言葉を俳句に詠み込んでゆけたらその方がずっと俳句をこれからも詠み続けるためには重要なのではないでしょうか。

切れ字は575に上手くまとめるための作句上の謂わば秘伝のようなもので、慣習的に現代ではすでに「や」「かな」「けり」の3つを呼んでいます。

古く文語で文章が書かれていた時代の名残りのように感じます。作者の表現者としての想いを大切にするためには時代と共に必要性は薄れて行くべきではないのでしょうか。

俳句575では、これからも俳句は定型詩であり世界でもっとも短い詩であると言われていることを、作句の指針として提唱してゆこうと考えています。

これまでの固定観念にとらわれない自由な俳句をこれからも模索して行きましょう。

※最後に、これまでの切れ字で有る無しの疑問を解決するための資料といたしました「切れ字十八」を文語文法に沿ってまとめました。
(かな・もがな・し・じ・や・らん・か・けり・よ・ぞ・つ・せ・ず・れ・ぬ・へ・け・に)
このうち、「せ」「れ」「へ」「け」は動詞の命令形語尾。
「し」は形容詞語尾。
「に」は副詞「いかに」のこと。
他は助動詞と終助詞。

芭蕉の「奥の細道」ピックアップ!

芭蕉の「奥の細道」の見所をご紹介!

芭蕉の代表作「奥の細道」は全7章45編あります。
この紀行文のなかから面白い人気の抄をピックアップしてみました。
おおまかなあらすじをここで紹介します。

「奥の細道」
第一章
旅立ち 草加

ここでは芭蕉が奥の細道の旅に出て初めて宿に泊まる話が書かれています。
この旅は500年忌に当たる西行の歌枕の地を自分の目で見たいという目的があることが書かれていて、長旅に対する不安などが感じられます。
そして、重い荷物をこの先どうやって背負って行こうかという悩みが旅の始めの楽しさを物語っています。

第二章 白河の関

厳しい関所で有名な白河の関で、芭蕉は門人曾良と卯の花をかざして越えたようです。旅 の途中のいでたちで正装は出来ないがせめてもの気持ちだと書き記しています。風流な一説ですね。

第三章 しのぶの里

この地にまつわる石の話が書かれています。その石は崖の上にあったが、通りかかる人が有名な模様をまねて石でこするので困ってしまい石を崖の下へ突き落してしまったので上と下が逆になっているというのです。この地が昔風雅な模様のしのぶもぢずり絹の産地であったことから芭蕉はこの話に感動しています。

第四章  松島

この旅の大きな目的の地である松島の抄では、絶景の美しさを美人の粧う顔の様だと言っています。
そして、面白いことに感動のあまり俳句が詠めなかったと書かれています。

第五章  立石寺

尾花沢から引き返して、人の勧めで立ち寄ったようです。そして以外にも有名な句を残し、その厳しい修験僧たちの集まる寺の様子が荘厳なまでに清らかだと書かれています。「閑さや岩にしみ入蟬の声」

第六章  一振

金沢への途中に親知らづ子知らずの難所を経て辿り着いた宿で芭蕉は遊女と出くわします。
伊勢参宮の途中らしく、一間隔ててその晩を過ごし朝になるとなにやらついて来たいと遊 女は頼むのですが、芭蕉は行く先の定まらない旅の物だとその場を立ち去るのでした。面白い旅のエピソードですね。

第七章  大垣

とうとう「奥の細道」最後の地である大垣です。この地の門人を訪ねて芭蕉は予定通りにこの長旅を終えるのです。各地から旅の終わりを祝いに門人たちが集まり、芭蕉が長くて 厳しい今度の旅を終えたことを、悦び且つ労わりました。そして、また数日のうちにすぐに芭蕉は伊勢へと旅立ってゆきます。

江戸時代に全国行脚の旅で俳句を広めた芭蕉の情熱から現代にまで通じる人生哲学を学びましょう!