芭蕉が詠んだ桜の句

2018年の桜は例年に比べて開花が早いですね。このところ年々はやまっているようです。

さくらは咲き始めると1週間くらいで満開を迎えてその後一週間くらいが最高の見ごろだと言われます。東京では開花が17日でしたから、来週のエープリールフールの頃までが一番の見頃のようですね。

芭蕉も江戸時代に流行ったと言われているお花見や各地のさくらの句が沢山あります。今回は出来るだけ抜粋してみました。全部で36句ありました。まだまだあるかもしれませんが、桜の季節に芭蕉がどんな句を詠んでいたのか多いに気になりますね。

芭蕉の桜の句

2018年芭蕉の桜の句

としどしや櫻をこやす花のちり
命二つの中に生たる櫻哉
さまざまの事おもひ出す櫻かな
花をやどにはじめをはりやはつかほど
このほどを花に礼いふわかれ哉
よし野にて櫻見せふぞ檜の木笠
花の陰謡に似たる旅ねかな
櫻がりきどくや日ゝに五里六里
さびしさや花のあたりのあすならふ
花ざかり山は日ごろのあさぼらけ
景清も花見の座には七兵衛
しばらくは花の上なる月夜かな
猶見たし花に明行神の顔
鶴の巣に嵐の外のさくら哉
木のもとに汁も鱠も櫻かな
畑打音やあらしのさくら麻
似あはしや豆の粉めしにさくら狩
種芋や花のさかりに売ありく
人里はみな花守の子孫かや
四方より花吹入てにほの波
鐘消て花の香は撞く夕哉
思い出す木曾や四月の櫻狩
聲よくばうたはふものを桜散
散花や鳥もおどろく琴の塵
春の夜は櫻に明けて仕廻けり
ゆふばれや櫻に涼む波の花
櫻より松は二木を三月越シ
木の葉散櫻は軽し檜木笠
花の雲鐘は上野か浅草か
奈良七重七堂伽藍八重ざくら
初花に命七十五年ほど
咲乱す桃の中より初桜
うかれける人や初瀬の山桜
草いろいろおのおの花の手柄かな
よし野にて桜見せふぞ檜の木笠
花ざかり山は日ごろのあさぼらけ

 

今年のこの抜粋の中で私は以下の3句がとても好きです。

さまざまの事おもひ出す櫻かな

しばらくは花の上なる月夜かな

花の雲鐘は上野か浅草か

いかがですか。お花見の季節の切なく短い夢のような一時を、期待しながら待つ江戸時代の芭蕉の気持ちが伝わる名句ですよね。お花見には染井吉野が多く、山桜の句との違いが良く解ります。上野の不忍の池から浅草の浅草寺あたりのさくらまで、江戸のさくらが一斉に咲いて、まるで雲のような美しい景色が目に浮かぶようです。

 

 

芭蕉が詠んだ梅の句

早春の声が聞こえる頃となりました。まだもう少し東京では寒い日が続きますが、例年通りなら、お雛祭りの頃には風も和らいでくるのですが、今年は果たしてどうなのかな?

そんな、早春の二月となるとやはり梅の咲き始める頃ですね。

此の梅の花は、万葉の頃には桜よりも好まれて多く歌にも詠まれていました。

芭蕉の江戸時代はどうなのでしょうか。今回は梅の句を探してみました。約21句見つかりました。

 

盛なる梅にす手引風も哉

降る音や耳もすふ成梅の雨

我も神のひさうやあふぐ梅の花

るすにきて梅さへよそのかきほかな

初春先酒に梅賣にほひかな

世にゝほへ梅花一枝のみそさゞい

梅白し昨日ふや鶴を盗れし

梅こひて卯花拜むなみだ哉

忘るなよ藪の中なる梅の花

さとのこよ梅おりのこせうしのむち

梅つばき早咲ほめむ保美の里

先祝へ梅を心の冬籠り

あこくその心もしらず梅の花

香にゝほへうにほる岡の梅のはな

手鼻かむをとさへ梅の盛哉

梅の木に猶やどり木や梅の花

御子良子の一もと床し梅の花

紅梅や見ぬ戀つくる玉すだれ

梅若菜まりこの宿のとろゝ汁

梅が香やしらゝおちくぼ京太郎

かぞへ来ぬ屋敷~の梅やなぎ

 

やはり梅の句は風流ですね。芭蕉にとっても梅は美しくて香りの良い春の花だったようです。

芭蕉は、梅の花を白梅と紅梅に分けて詠んでいる句はあまり無いようですね。江戸時代にはどちらが多かったのでしょうか?白梅は、わざわざ白いと詠まなくても梅と言えば白梅だったのかもしれません。けれども「梅白し」という句もあるので、どちらとも言い難く、庭に咲く姿は見事だったようです。

そして、自然に咲いている姿も詠んでいます。白い梅か紅い梅か、想像してみるのも面白いですね。

最近では品種も多く、白梅が早く咲くと言いますが、寒紅梅などの種類もあり、庭園などではまさにどちらが先か解らないようです。

 

(2018・2・18)

 

 

 

芭蕉の詠んだお正月の句

芭蕉の詠んだお正月の句「新年」

 

春立つや新年ふるき米五升

 

「新年」で探したところ芭蕉38才のころのこの句しかありませんでした。
この句からも、江戸時代は立春がお正月だったことが良く解りますね。そこで、「餅」の句を探してみました。

 

餅雪をしら糸となす柳哉

餅を夢に折結ふしだの草枕

餅花やかざしにさせる娌(よめ)が君

誰が聟(むこ)ぞ歯朶に餅おふうしの年

煩(わずら)へば餅をも喰はず桃の花

鶯や餅に糞する縁のさき

 

やはり「餅」の句となるとお正月らしいですね。けれども「餅」は季語としては冬ですが、現代では春の季語とされている言葉との季重なりが目立ちます。

 

初春先酒に梅賣にほひかな

幾霜に心ばせをの松かざり

古畑や薺摘行男ども

二日にもぬかりはせじな花の春

よもに打つ薺もしどろもどろ哉

元日は田ごとの日こそ戀しけれ

やまざとはまんざい遲し梅の花

元日や猿に着せたる猿の面

蒟蒻にけふは賣かつ若菜哉

蓬莱に聞ばや伊勢の初便

一とせに一度つまるゝ菜づなかな

むめがゝにのつと日の出る山路かな

 

初日の出の習慣は、日本古来のものであるようなのですが、明治以降に盛んになったと言われています。芭蕉の句にも「日の出」とあり「初日の出」とは詠んでいません。

芭蕉の時代には春とともにお正月を迎えますから、薺や若菜などの句が新年に詠まれています。今でも七草粥にその名残りがあります。元日や二日と言った三が日の句も詠まれていますね。

 

(2018・1・8)

 

芭蕉の詠んだ年末の句

成にけりなりにけり迄年の暮

わすれ草菜飯につまん年の暮

年暮ぬ笠きて草鞋はきながら

めでたき人のかずにも入む老のくれ

年の市線香買に出ばやな

月雪とのさばりけらしとしの昏

旧里や臍の緒に泣く年の暮

皆拜め二見の七五三をとしの暮

盗人に逢ふたよも有年のくれ

魚鳥の心はしらず年わすれ

分別の底たゝきけり年の昏

古法眼出どころあわれ年の暮

 

芭蕉が師走も押し迫った年末の句として「年の暮」を詠んだ句は約12句ありました。年の市や年忘れも含めて抜粋致しましたが、毎年、それぞれの年末の様子が垣間見れます。

年の暮には、芭蕉も魚や鳥を食べて無礼講だったのか、動物を憐れんでいる句が印象的です。

旅の俳聖だけあって旅先で年末を迎えることもあったようですね。見知らぬ土地での切なさを感じる句もあります。

ふだんの旅吟よりどこか切ない年の終わりを惜しみつつ、来る年を待ちわびている芭蕉の気持ちが、時を越えて今の平成に生きる私達にも伝わって来ますね。

 

芭蕉の詠んだ時雨の句

1初時雨初の字を我時雨哉
2初しぐれ猿も小蓑をほしげ也
3旅人と我名よばれん初しぐれ
4時雨をやもどかしがりて松の雪
5世にふるもさらに宗祇のしぐれ哉
6山城へ井出の駕籠かるしぐれ哉
7作りなす庭をいさむるしぐれかな
8宿かりて名を名乗らするしぐれ哉
9新わらの出そめて早き時雨哉
10白芥子や時雨の花の咲つらん
11人々をしぐれよやどは寒くとも
12一尾根はしぐるゝ雲かふじのゆき
13しぐるゝや田のあらかぶの黑む程

11月になりました。立冬も過ぎて小春日和がぽかぽかと心地よい季節です。
ここでは、芭蕉の詠んだ「時雨」をピックアップしました。冬になると朝晩の時雨が寒さを呼んできます。
ちょうど「小六月」と言われるように「時雨」の季節です。

さて、芭蕉が時雨を詠んだ句は約13句ありました。3の句は芭蕉44才「笈の小文」の句です。旅の俳聖と言われる芭蕉らしい句ですね。秋も深まり冬がやってきた儚い漂泊の身の上を詠んでいます。

こうしてみると時雨には季重なりの句が多いようです。季節が移り変わる晩秋から初冬に詠まれているからでしょう。

芭蕉の句の特徴なのかあまり寒さが厳しくて時雨が冷たいという感じの句は無いように思いますね。これは「時雨」という降ったりやんだりのはっきりしない天候を上手く表しているためにユーモラスな感覚の句となるからなのでしょう。

 

芭蕉が詠んだ朝顔

芭蕉の詠んだ朝顔

朝顔に我は食(めし)くふおとこ哉
三ヶ月や朝顔の夕べつぼむらん
蕣(あさがお)は下手(へた)のかくさへ哀(あはれ)也
朝顔は酒盛しらぬさかりかな
蕣や昼は錠おろす門の垣
蕣や是も又我が友ならず

芭蕉は、朝顔の花を哀れで美しいと捉えているようです。
加賀千代女の「朝顔に釣瓶とられてもらひ水」という名句が浮かびますが、女性の朝の水仕事の句との対比が面白いですね。

朝のご飯の前に早々と咲く朝顔にいとおしさを感じます。
そして、50歳を超えてからの句は、芭蕉の自然を愛でる思いが、朝顔を友とするという表現で上手く詠まれていますね。

(2017/8/25)

 

芭蕉の七夕の句

芭蕉の七夕の句と言えば、有名な「奥の細道」の句を思い出しますね。

 

荒海や佐渡によこたふ天河   芭蕉

 

「天河」が季語ですが、奥の細道の名句で七夕に書かれたとの記録が曽良書留にあることから、七夕の句となりますね。

 

七夕のあはぬこゝろや雨中天  芭蕉

七夕や秋を定むる夜のはじめ  芭蕉

 

「七夕」という季語から始まる2句です。最初の句は芭蕉24才の時の句。七夕の伝説になぞらえた句で、雨の七夕の夜をよんでいます。

後の句は芭蕉51才の時の句です。七夕がくると秋がやって来る暦では立秋を迎える思いを詠んでいます。

芭蕉の句から七夕を探してみました。案外少なく3句でした。今日は七夕です。東京は晴れていて月が良く見えています。天の川も見えるでしょうか。窓の外を覗いてみたいと思います。

 

正岡子規生誕150周年記念

6月も終ろうとしている頃、梅雨の晴れ間の伊予の国へ一泊二日の旅へ行ってまいりました。
伊予の国とは、勿論、四国は愛媛県のことで、中でも松山市の観光名所である道後温泉は文学の地であり松山城がそびえたつ、風光明媚な万葉の昔からの言い伝えの多い町です。今回の旅は、近代の俳句の元祖である正岡子規の生誕150周年記念ということで、子規会館にてイベントが催され、私もそこに出展致しましたので、そのイベントに参加するために出かけました。
正岡子規と言えば知らない方はいない日本文学の偉大な偉人です。
子規は、四国伊予の道後温泉郷で生まれたのですね。同じ年に、夏目漱石も道後の地に生まれ、同級生だったようです。
そんな二人の生誕の地で「至芸の邂逅展」というイベントが開催されました。そのイベントに私も参加したのですが、国内とは言え四国はやはり遠い土地です。
車で行けない者かと考えたのですが、どうにも高速道路をつないでも、関西あたりで一泊必要です。
新幹線はと言うと、案外、乗り継ぎがあり、本土からはやはり海を隔てた遠い土地です。
そこで、今回は飛行機を使いました。
飛行機なら何とビックリ二時間とかからないのです!
驚きですよね!
余りの早さに、時刻表を疑うくらいです。それでも間違いありません。搭乗時間としては約1時間30分くらいなのです。
まさしく、あっという間でした。行には少し梅雨らしい小雨が降っていて、はっきりしない梅雨空だったのですが、四国に着く頃には空が晴れてきて、一日たっぷり市内観光が出来ました。
松山に来たらまずは松山城です。
お城の山へつづく坂道は城下町のなごりでお土産屋さんが立ち並び、お昼はここで松山名物の鯛めしを頂きました。
関東では見たことの無い贅沢なご飯です。
鯛のお刺身がのっている上にタレ汁をかけるものです。お腹いっぱい!
そして、松山城へ登ります。かなり山の上にあるお城へはロープ―ウェイで登ります。
昔の人は歩いて登ったのですね。今は観光用に便利です。
そして、見晴らしの良い城内へはいるとこれがまた山の上らしくそびえたつような美しいお城でいくつもの門がありました。
昔は、敵が攻めて来ても入れないように幾つもの門で遮り、さまざまな戦略を考えて作られたのですね。
大変な工事だったと思います。相当な労力が必要だったでしょう。
そうしてまるで雲の上の空のお城の天守閣まで登りました。見晴らしの良い天守閣からは伊予の国が一望できます。
天守閣まで登り、第一日の旅は、この辺で終わりとして、温泉町道後の旅館へ向かいました。
松山の市街には坊ちゃん列車が走っていて、レトロなマッチ箱のようで可愛いです。
道後温泉の駅には、からくり時計がありマドンナ通りを抜けて道後温泉本館の向い側に宿を取りました。
日本で最も古い温泉と言われていて、夏目漱石も入ったと言います。
温泉の周りは漱石の坊ちゃんにまつわるお人形や子規にまつわる句碑やお土産など、文学の里ならではの雰囲気です。
夏らしく浴衣姿の女性も見かけます。
日本最古の温泉で旅の疲れを癒して、さあ!明日はいよいよイベントです。

子規・漱石生誕150周年記念「至芸の邂逅展」
~6月29~7月2日四国松山正岡子規記念会館にて~
上野貴子はささやかながら一点の俳句を菓子盆にして出展致しました。素敵な工芸品の一品です。
素晴らしい記念になるイベントに参加できたこと、本当に嬉しく思っています。
この場をお借り致しましてお誘い下さった出版社の方々御協力下さいました皆様方に、心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

 

 

芭蕉の「旅」と紀行文

芭蕉と旅と紀行文

芭蕉は自らを見つめ自然の心をとらえ、575の文字で表現するために、風雅の道を求めていました。
そのために、作品に行き詰まると旅を試みています。代表的な紀行文を上げてみましょう。
「野ざらし紀行」「笈の小文」「奥の細道」この3つが最も有名です。

そして、その合間にも幾つかの紀行文を残しています。「鹿島詣」「更科紀行」「嵯峨日記」などです。

 

●年齢順のまとめ(代表的な一句)

四十一才
「野ざらし紀行」野ざらしの旅。1684年秋~翌年1685年4月。

野ざらしをこゝろに風のしむみかな

四十四才
「鹿島詣」 月見がてら鹿島への旅。 1687年8月。

月はやしこずゑはあめを持ながら

四十四才
「笈(おい)の小文(こぶみ)」旅を楽しむ心境の旅。1687年10月~1688年の旅。

旅人と我名よばれん初しぐれ

四十五才
「更科紀行」笈の小文の旅を終え帰りの旅。1688年8月。

俤は姨ひとりなく月の友

四十六才
「奥の細道」みちのくの旅。1689年3月27日深川を出発~9月6日大垣に筆を止める。

閑さや岩に染み入る蝉の声

四十八才
「嵯峨日記」落柿舎滞在中の日記。1691年四月十八日~五月四日。

五月雨や色紙へぎたる壁の跡

 

~~芭蕉の旅を詠んだ句~~

旅がらす古巣はむめに成にけり   42才

旅寝してみしやうき世の煤はらひ  44才

住つかぬ旅のこゝろや置炬燵    47才

旅人のこゝろにも似よ椎の花    50才

旅に病で夢は枯野をかけ廻る    51才

(2017・6・24)

五月の句

● 五月の芭蕉の句を探してみました。結構ありますね。

五月雨に御物遠や月の顔
五月雨も瀬ぶみ尋ぬ見馴河
五月雨に鳰の浮巣を見に行む
五月雨や桶の輪切る夜の声
髪はえて容顔蒼し五月雨
海ははれてひえふりのこす五月哉
日の道や葵傾くさ月あめ
笈も太刀も五月にかざれ紙幟
五月の雨岩ひばの緑いつ迄ぞ
目にかゝる時やことさら五月富士
五月雨は滝降うづむみかさ哉
さみだれや蚕煩ふ桑の畑
さみだれの空吹おとせ大井川
五月雨をあつめて早し最上川

ざっと拾い集めてみても十句以上ありました。勿論、有名な「奥の細道」最上川の句もありますね。やはり五月は初夏の自然の美しさと、長雨の風情とが相まって、芭蕉の句ごころを掻き立てるものがあるのでしょうか。
今でも、五月の頃は緑の美しい風薫る過ごしやすい季節です。
(2017・5・9)