俳句575第五回切れ字「けり」の考察

「奥の細道」より切れ字のチェック一覧

1草の戸も住み替る代ぞひなの家

             季語   ひなの家

             切れ字  ぞ

2行春や鳥啼魚の目は泪

             季語   春

             切れ字  や

1●3あらとうと青葉若葉の日の光

             季語   青葉若葉

             切れ字  

2●4剃捨て黒髪山に衣更・・・・・曾良

             季語   衣更

             切れ字

5暫時は滝に籠るや夏の初

             季語   夏

             切れ字  や

3●6かさねとは八重撫子の名成べし・・・・・曾良

             季語   撫子

             切れ字  (「べし」助動詞終止形。命令形や形容詞の活用語尾ではない。)

 7夏山に足駄を拝む首途哉

             季語   夏山

             切れ字  哉

8木啄も庵はやぶらず夏木立

             季語   夏木立

             切れ字  ず

9野を横に馬牽(ひき)むけよほとゝぎす

             季語   ほととぎす

             切れ字  よ

10田一枚植て立去る柳かな

             季語   柳

             切れ字  かな

11卯の花をかざしに関の晴着かな・・・・・曾良

             季語   卯の花

             切れ字  かな

12風流の初やおくの田植うた 

             季語   田植

             切れ字  や

13世の人の見付ぬ花や軒の栗

             季語   栗の花

             切れ字  や

14早苗とる手もとや昔すのぶ摺

             季語   早苗

             切れ字  や

15笈も太刀も五月にかざれ帋(かみ)幟(のぼり)

             季語   五月

             切れ字  

4●16笠島はいづこさ月のぬかり道

             季語   さ月

             切れ字  

5●17桜より松は二木を三月越し

             季語   桜

             切れ字  「越す」動詞連用形。

6●18あやめ草足に結(むすば)ん草鞋の緒

            季語   あやめ草

            切れ字  

19松島や鶴に身をかれほとゝぎす・・・・・曾良

            季語   ほとゝぎす

            切れ字  や

20夏草や兵どもが夢の跡

            季語   夏草

            切れ字  や

21卯の花に兼房みゆる白毛かな・・・・・・曾良

            季語   卯の花

            切れ字  かな

22五月雨の降のこしてや光堂

            季語   五月雨

            切れ字  や

7●23蚤虱馬の尿する枕もと

            季語   蚤虱

            切れ字  

8●24涼しさを我宿にしてねまる也

            季語   涼し

            切れ字  「なり」助動詞終止形

25這出よかひやが下のひきの声

            季語   ひき

            切れ字  よ

9●26まゆはきを俤(おもかげ)にして紅粉の花

            季語   紅の花

            切れ字  

27蚕飼(こがい)する人は古代のすがた哉・・・・・・曾良

            季語   蚕養

            切れ字  哉

28閑さや岩にしみ入蝉の声

            季語   蝉の声

            切れ字  や

29五月雨をあつめて早し最上川

            季語   五月雨

            切れ字  し

30有難(ありがた)や雪をかほらす南谷

            季語   雪(夏だが残雪を詠んだ句)

            切れ字  や

31涼しさやほの三か月の羽黒山

            季語   涼し

            切れ字  や

10●32雲の峰幾つ崩て月の山

            季語   雲の峰

            切れ字  

33語られぬ湯殿にぬらす袂(たもと)かな

            季語   

            切れ字  かな

34湯殿山銭ふむ道の泪かな・・・・・・・・曾良

            季語   

            切れ字  かな

35あつみ山や吹浦かけて夕すゞみ

             季語   夕すゞみ

             切れ字  や

11●36暑き日を海にいれたり最上川

             季語   暑き日

             切れ字  

37象潟(きさかた)や雨に西施(せいし)がねぶの花

             季語   ねぶの花

             切れ字  や

38汐越や鶴はぎぬれて海涼し

             季語   涼し

             切れ字  や

39象潟や料理何くふ神祭・・・・・・・・・曾良

             季語   祭

             切れ字  や

40蜑(あま)の家(や)や戸板を敷て夕涼・・・・・・・・低耳(みのの国の商人)

             季語   夕涼

             切れ字  や

41波こえぬ契ありてやみさごの巣・・・・・曾良

             季語   

             切れ字  や

42文月や六日も常の夜には似ず

             季語   文月

             切れ字  や

43荒海や佐渡によこたふ天河

             季語   天河

             切れ字  や

12●44一家に遊女もねたり萩と月

             季語   萩と月

             切れ字

45わせの香や分入右は有磯海

             季語   わせ

             切れ字  や

46塚も動け我泣声は秋の風

             季語   秋の風

             切れ字  け

47秋涼し手毎にむけや瓜茄子

             季語   秋涼し

             切れ字  や

13●48あか〱と日は難面(つれなく)もあきの風

             季語   あきの風

             切れ字  

49しほやしき名や小松吹萩すゝき

             季語   萩すゝき

             切れ字  や

14●50むざんやな甲(かぶと)の下のきり〲す

             季語   きりぎりす

             切れ字  

51石山の石より白し秋の風

             季語   秋の風

             切れ字  し

52山中や菊はたおらぬ湯の匂

             季語   菊

             切れ字  や

15●53行〱てたふれ伏とも萩の原・・・・・・曾良 

             季語   萩

             切れ字  

54今日よりや書付消さん笠の露

             季語   露

             切れ字  や

55終宵(よもすがら)秋風聞やうらの山

             季語   秋風

             切れ字  や

56庭掃きて出ばや寺に散柳

             季語   散柳

             切れ字  や

57物書て扇引さく余波(なごり)哉

             季語   扇

             切れ字  哉

58月清し遊行(ゆぎょう)のもてる砂の上

             季語   月

             切れ字  し

59名月や北国(ほくこく)日和(びより)定なき

             季語   名月

             切れ字  や

60寂しさや須磨にかちたる浜の秋

             季語   浜の秋

             切れ字  や

61浪の間や小貝にまじる萩の塵

             季語   萩の塵

             切れ字  や

62蛤のふたみにわかれ行秋ぞ

             季語   行秋

             切れ字  ぞ

「奥の細道」内の句の番号 ●は切れ字がないと思われる句の番号

「奥の細道」にある句の内の「切れ字」について

切れ字「や」の数が二十九句もある。・・・・・・上五に多く使われている。
切れ字「けり」はほとんど無いと思われる。
切れ字「かな」は八句。・・・・・・・・・・・・下五に使われている。
切れ字の無い句が十五句。
※切れ字が無いと思われる十三句+2句(也「なり」「越し」は切れ字ではないとする。)=十五句。

俳句575第五回「切れ字って何」「けり」について

今回は切れ字「けり」のある句を見てみましょう。驚いたことに芭蕉は「奥の細道」では切れ字「けり」を一句も使っていません。

これは、このように細かく切れ字に焦点を当てて見て、第一回からこれまでを通して、初めて知ったことです。

「けり」が使われていないこと比べて、「や」がとても多い事が解りました。

芭蕉は、何故これまで切れ字の代表と言われて来た「けり」をまったく使わなかったのでしょうか。

私が考える所では、「けり」は、詠嘆と過去を表す助動詞という意味合いがあります。そこで、この紀行文では、その行程の難しさや、その土地に芭蕉自らが出向いてその場で書いているという臨場感を大切にするために、切れ字「けり」を使わないという作句法を摂ったのではないでしょうか。

それでは、芭蕉は「奥の細道」以外では、「けり」を使う事は無かったのでしょうか。
生涯に千句余りの句を残したと言われる中から、「けり」を探してみましょう。
まずは有名な名句を見付けました。

①行春を近江の人とおしみけり

この句には、芭蕉が推敲を重ねた記録が残っています。

②行春をあふみの人とおしみける

③行春やあふみの人とおしみける

この句は3句とも同じ句であるとされていて、それぞれに残されている作品集が違うようです。②は「猿蓑」に残されていて、作品集としてはこの句が名句ということになります。 そうなると、少ない「けり」の句とは一言では言い難いですね。

多くは切れ字「けり」とは、詠嘆や過去の意味を表わすとされ、下五に置くことが多いと言います。ところが探してみると「や」のようにどこにでも使われています。

秋来にけり耳を訪ねて枕の風  

甲比(かび)丹(たん)もつくばはせけり君が春  

旅烏古巣は梅(むめ)になりにけり    

春の夜は櫻に明けてしまひけり.  

あまり多くはないものの、上五、中七、下五と、それぞれにつかって、切れ字としての「けり」は、「~~だ」「~~だった」というように過去の詠嘆を表すものですから、語調の柔らかさなどから見ても、これまで言われてきたように、下五に使うことが効果的なように考えられます。

しかし、芭蕉は「奥の細道」ではひとつも使っていないのは何故なのでしょうか。

俳句は短い為に、過去か現在かで大きく変わると考えていたのでしょうか。
作品としての編纂上で、切れ字「けり」の句は省かれたのかも知れません。前後のつながりが不自然な書き方になってしまうからです。

まして、現代では「けり」をつかうことで「・・・だった」「・・・だなァ」というニュアンスになり前後の時間の流れがつかみづらいです。

その他、「けり」は助動詞であるために活用があり変化します。ですから切れ字「けり」とは言いますが、助動詞としては「ける」「けれ」なども使われ、切れ字として解りづらいです。一句をまとめるにあたっての時間軸が上手く表現しづらいためにあまり多くは使わないのではないかと考えます。

助動詞「けり」の活用
ラ変型。(けら)/〇/けり/ける/けれ/〇

ここで、単純な意見ではありますが、「けり」は「蹴る」と紛らわしいという事は、「奥の細道」の文中の句には使われていないひとつの理由にはならないでしょうか。

こうして考えてみると、確かに十七文字に凝縮された俳句の中に「けり」を効果的に使う事は難しいのかも知れません。

これは、現代においても言うまでもない作句上の慣習的な悩みですが、定型の中に慣習的に切れ字を使うというひとつの実作のコツは、どうも芭蕉の時代からすでにうやむやであったようです。

これまで切れ字について芭蕉の「奥の細道」をたたき台にして、切れ字の「や」「かな」「けり」の代表的な三つを採り上げて考察してきました。

これは、現代では切れ字と言われると、この三つを主にさしているからです。そして、この切れ字は、その有る無しをあまりこだわらない傾向がみられます。

けれども作句の現場で実作指導としてのアドバイスや添削の際には、未だに切れ字が有る無しを解いたり、また、その語調を整えるレトリック的な効果であっても、おうおうにして付け加えたりしています。

例えば、切れ字は一句の中に一つとすると良いと言われています。そして、三段切れは良く無いと言われています。
例句 目に青葉山郭公(ホトトギス)初鰹  山口素堂

けれども、この名句などは、上五、中七、下五と、すべての言葉が区切れていて、まるで三句一章です。それでも切れ字はありません。

例句 冬菊のまとふはおのがひかりのみ  水原秋櫻子

この句も有名な句ですが切れ字はありません。それでも句意は解りますし上手く言葉がまとまっています。これまでの経緯を鑑みると、私はいっそこの切れ字は、すでに現代ではあまり良く無いのではないかという結論に達しました。

大きな理由は、現代では使われない言葉であるために、その用法は感覚的なものでレトリック的であるということ。

そして、意味や解釈が大きく変わる場合まであるということ(切れ字の効果と弊害参照)です。助詞であれ助動詞であれその効果はもはや、特に切れ字である必要性が無いということです。

575の三つのフレーズに分かれていて、その韻文の美しさが俳句の良さです。こうして時代にあった言葉を俳句に詠み込んでゆけたらその方がずっと俳句をこれからも詠み続けるためには重要なのではないでしょうか。

切れ字は575に上手くまとめるための作句上の謂わば秘伝のようなもので、慣習的に現代ではすでに「や」「かな」「けり」の3つを呼んでいます。

古く文語で文章が書かれていた時代の名残りのように感じます。作者の表現者としての想いを大切にするためには時代と共に必要性は薄れて行くべきではないのでしょうか。

俳句575では、これからも俳句は定型詩であり世界でもっとも短い詩であると言われていることを、作句の指針として提唱してゆこうと考えています。

これまでの固定観念にとらわれない自由な俳句をこれからも模索して行きましょう。

※最後に、これまでの切れ字で有る無しの疑問を解決するための資料といたしました「切れ字十八」を文語文法に沿ってまとめました。
(かな・もがな・し・じ・や・らん・か・けり・よ・ぞ・つ・せ・ず・れ・ぬ・へ・け・に)
このうち、「せ」「れ」「へ」「け」は動詞の命令形語尾。
「し」は形容詞語尾。
「に」は副詞「いかに」のこと。
他は助動詞と終助詞。

芭蕉の「奥の細道」ピックアップ!

芭蕉の「奥の細道」の見所をご紹介!

芭蕉の代表作「奥の細道」は全7章45編あります。
この紀行文のなかから面白い人気の抄をピックアップしてみました。
おおまかなあらすじをここで紹介します。

「奥の細道」
第一章
旅立ち 草加

ここでは芭蕉が奥の細道の旅に出て初めて宿に泊まる話が書かれています。
この旅は500年忌に当たる西行の歌枕の地を自分の目で見たいという目的があることが書かれていて、長旅に対する不安などが感じられます。
そして、重い荷物をこの先どうやって背負って行こうかという悩みや旅の始めの楽しさを物語っています。

第二章 白河の関

厳しい関所で有名な白河の関で、芭蕉は門人曾良と卯の花をかざして越えたようです。旅 の途中のいでたちで正装は出来ないがせめてもの気持ちだと書き記しています。風流な一説ですね。

第三章 しのぶの里

この地にまつわる石の話が書かれています。その石は崖の上にあったが、通りかかる人が有名な模様をまねて石でこするので困ってしまい石を崖の下へ突き落してしまったので上と下が逆になっているというのです。この地が昔風雅な模様のしのぶもぢずり絹の産地であったことから芭蕉はこの話に感動しています。

第四章  松島

この旅の大きな目的の地である松島の抄では、絶景の美しさを美人の粧う顔の様だと言っています。
そして、面白いことに感動のあまり俳句が詠めなかったと書かれています。

第五章  立石寺

尾花沢から引き返して、人の勧めで立ち寄ったようです。そして以外にも有名な句を残し、その厳しい修験僧たちの集まる寺の様子が荘厳なまでに清らかだと書かれています。「閑さや岩にしみ入蟬の声」

第六章  一振

金沢への途中に親知らづ子知らずの難所を経て辿り着いた宿で芭蕉は遊女と出くわします。
伊勢参宮の途中らしく、一間隔ててその晩を過ごし朝になるとなにやらついて来たいと遊 女は頼むのですが、芭蕉は行く先の定まらない旅の物だとその場を立ち去るのでした。面白い旅のエピソードですね。

第七章  大垣

とうとう「奥の細道」最後の地である大垣です。この地の門人を訪ねて芭蕉は予定通りにこの長旅を終えるのです。各地から旅の終わりを祝いに門人たちが集まり、芭蕉が長くて 厳しい今度の旅を終えたことを、悦び且つ労わりました。そして、また数日のうちにすぐに芭蕉は伊勢へと旅立ってゆきます。

江戸時代に全国行脚の旅で俳句を広めた芭蕉の情熱から現代にまで通じる人生哲学を学びましょう!

お月見の名句鑑賞「名月や池をめぐりて夜もすがら」

もうすぐ今年の十五夜様ですね。2018年は9月24日が仲秋の名月に当たります。
お月見と言えば誰でも知っている名月の句、そうです芭蕉ならば池の句、そして、一茶ならば泣く子かなの句がありますね。
この2句を鑑賞してみましょう。

 

芭蕉の詠んだ月の名句

名月や池をめぐりて夜もすがら     松尾芭蕉

芭蕉43才の頃
解釈:仲秋の名月を眺めながら池の周りを歩いていたら、いつの間にか夜が明けてしまい、一晩中美しい月に目を奪われ眺めていたことだ。

この句は深川の草庵にて貞享3年の句とされています。
この月見会には、其角の他にも何人かの弟子達が集まったとあります。
句に出てくる「池」とは「蛙飛び込む」の句でも有名な芭蕉庵の古池でしょう。

一茶の詠んだ月の名句

名月を取ってくれろと泣く子かな    小林一茶

一茶57才の頃
解釈:背中に背負われた幼子が、名月を取ってほしいとだだをこねて泣いていることだ。

この句では一茶が早くに亡くした我が子への思いを詠み込んでいるのかも知れません。儚く哀れさを感じるようにも読み取れます。

秋刀魚の季節?

秋になると秋刀魚が食べたくなりますね。

今年は海流の影響で秋刀魚が大漁のようです。昨年はあまり取れなかったので今年は嬉しいニュースですね。

ところで秋刀魚と言えば目黒の秋刀魚の落語が有名ですが、意外に新しい句材なんですよ。

これはあまり知られていないかも知れません。例えば芭蕉に秋刀魚の句は無いんですね。

それから子規にも見当たりません。

皆さんが良くご存知の有名な秋の句「秋深き隣は何をする人ぞ」という句がありますね。

これは芭蕉の句ですが、この句を秋刀魚の句と勘違いしていたのが、恥ずかしながら私でした!!!

「秋刀魚焼き隣りは何をする人ぞ」こんな句だと思い込んでいたのです。

ところが、江戸時代には秋刀魚はあまり食べられていなかったのです。ですから俳句の句材としても歳時記にあげられていません。

明治になってもまだ俳句では句材とされていないのです。

これは以外でしょう!!!

秋刀魚がそんなに新しい魚だったなんてビックリです。

そこで落語では目黒の秋刀魚が有名な訳です。これは、まだあまり食べられていなかったのでお殿様が偶然目黒で食べた秋刀魚が美味しかったという話しですから、やはり江戸時代にはまだ俳句の題材にはなっていなかったのです。

では、何時ごろから俳句で読まれているのでしょうか?

大正時代から昭和にかけて石田波郷が秋刀魚の句を残しています。「風の日は風吹きすさぶ秋刀魚の値」とう句が残されています。

秋刀魚は東京人にこよなく愛されて、大衆魚としてひろまり、現代では秋の代表的な魚のひとつですね。

芭蕉の句を勘違いして覚えていたのは、私の大きな間違いでした。

 

 

芭蕉の詠んだ紫陽花の句

芭蕉の詠んだ紫陽花の句を探してみました。あまり多くはないのですが2句ありました。

 

紫陽花や藪を小庭の別座鋪

紫陽花や帷子時の薄淺黄

 

最初の句は元禄七年の句と思われます。この時には芭蕉51才となります。

芭蕉が奥の細道に出るのが46才の時ですから、この頃はもうなくなる少し前でしょう。有名な「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」を詠んだのもこの年51才の年と言われています。

もうひとつの句は、年次不詳となっていますが、紫陽花の句は、この2句でした。

どこか上品な風雅の世界を感じますね。今で云う料亭のようなお座敷の句でしょうか。そして、次の句は、夏の着物の淡い黄緑色を詠んだのでしょうか。どちらも上品な紫陽花の華やかさを感じます。

雨の多い夏に咲く大輪の紫陽花は、江戸時代から華やかな花だったようです。

(2018年5月16日)

 

芭蕉が詠んだ桜の句

2018年の桜は例年に比べて開花が早いですね。このところ年々はやまっているようです。

さくらは咲き始めると1週間くらいで満開を迎えてその後一週間くらいが最高の見ごろだと言われます。東京では開花が17日でしたから、来週のエープリールフールの頃までが一番の見頃のようですね。

芭蕉も江戸時代に流行ったと言われているお花見や各地のさくらの句が沢山あります。今回は出来るだけ抜粋してみました。全部で36句ありました。まだまだあるかもしれませんが、桜の季節に芭蕉がどんな句を詠んでいたのか多いに気になりますね。

芭蕉の桜の句

2018年芭蕉の桜の句

としどしや櫻をこやす花のちり
命二つの中に生たる櫻哉
さまざまの事おもひ出す櫻かな
花をやどにはじめをはりやはつかほど
このほどを花に礼いふわかれ哉
よし野にて櫻見せふぞ檜の木笠
花の陰謡に似たる旅ねかな
櫻がりきどくや日ゝに五里六里
さびしさや花のあたりのあすならふ
花ざかり山は日ごろのあさぼらけ
景清も花見の座には七兵衛
しばらくは花の上なる月夜かな
猶見たし花に明行神の顔
鶴の巣に嵐の外のさくら哉
木のもとに汁も鱠も櫻かな
畑打音やあらしのさくら麻
似あはしや豆の粉めしにさくら狩
種芋や花のさかりに売ありく
人里はみな花守の子孫かや
四方より花吹入てにほの波
鐘消て花の香は撞く夕哉
思い出す木曾や四月の櫻狩
聲よくばうたはふものを桜散
散花や鳥もおどろく琴の塵
春の夜は櫻に明けて仕廻けり
ゆふばれや櫻に涼む波の花
櫻より松は二木を三月越シ
木の葉散櫻は軽し檜木笠
花の雲鐘は上野か浅草か
奈良七重七堂伽藍八重ざくら
初花に命七十五年ほど
咲乱す桃の中より初桜
うかれける人や初瀬の山桜
草いろいろおのおの花の手柄かな
よし野にて桜見せふぞ檜の木笠

今年のこの抜粋の中で私は以下の3句がとても好きです。

さまざまの事おもひ出す櫻かな

しばらくは花の上なる月夜かな

花の雲鐘は上野か浅草か

いかがですか。お花見の季節の切なく短い夢のような一時を、期待しながら待つ江戸時代の芭蕉の気持ちが伝わる名句ですよね。お花見には染井吉野が多く、山桜の句との違いが良く解ります。上野の不忍の池から浅草の浅草寺あたりのさくらまで、江戸のさくらが一斉に咲いて、まるで雲のような美しい景色が目に浮かぶようです。

芭蕉が詠んだ梅の句

早春の声が聞こえる頃となりました。まだもう少し東京では寒い日が続きますが、例年通りなら、お雛祭りの頃には風も和らいでくるのですが、今年は果たしてどうなのかな?

そんな、早春の二月となるとやはり梅の咲き始める頃ですね。

此の梅の花は、万葉の頃には桜よりも好まれて多く歌にも詠まれていました。

芭蕉の江戸時代はどうなのでしょうか。今回は梅の句を探してみました。約21句見つかりました。

そして、最後に「むめ」として書き遺されている句を加えました。そうすると合わせて約22句となります。「むめ」の句は有名な句なので「梅」では無いのですが梅の事を詠んでいることに間違いないとします。

盛なる梅にす手引風も哉

降る音や耳もすふ成梅の雨

我も神のひさうやあふぐ梅の花

るすにきて梅さへよそのかきほかな

初春先酒に梅賣にほひかな

世にゝほへ梅花一枝のみそさゞい

梅白し昨日ふや鶴を盗れし

梅こひて卯花拜むなみだ哉

忘るなよ藪の中なる梅の花

さとのこよ梅おりのこせうしのむち

梅つばき早咲ほめむ保美の里

先祝へ梅を心の冬籠り

あこくその心もしらず梅の花

香にゝほへうにほる岡の梅のはな

手鼻かむをとさへ梅の盛哉

梅の木に猶やどり木や梅の花

御子良子の一もと床し梅の花

紅梅や見ぬ戀つくる玉すだれ

梅若菜まりこの宿のとろゝ汁

梅が香やしらゝおちくぼ京太郎

かぞへ来ぬ屋敷~の梅やなぎ

むめがゝにのつと日の出る山路かな

やはり梅の句は風流ですね。芭蕉にとっても梅は美しくて香りの良い春の花だったようです。

芭蕉は、梅の花を白梅と紅梅に分けて詠んでいる句はあまり無いようですね。江戸時代にはどちらが多かったのでしょうか?白梅は、わざわざ白いと詠まなくても梅と言えば白梅だったのかもしれません。けれども「梅白し」という句もあるので、どちらとも言い難く、庭に咲く姿は見事だったようです。

そして、自然に咲いている姿も詠んでいます。白い梅か紅い梅か、想像してみるのも面白いですね。

最近では品種も多く、白梅が早く咲くと言いますが、寒紅梅などの種類もあり、庭園などではまさにどちらが先か解らないようです。

最後の「むめがゝ」の句は、この中では一番の代表句です。芭蕉の時代には立春がお正月ですから日の出と梅はちょうど良い取り合わせの季節だったに違いありません。梅はお正月と共にやって来て美しく香るお目出度い花だったようです。

(2020・2・8)

芭蕉の詠んだお正月の句

芭蕉の詠んだお正月の句「新年」

 

春立つや新年ふるき米五升

 

「新年」で探したところ芭蕉38才のころのこの句しかありませんでした。
この句からも、江戸時代は立春がお正月だったことが良く解りますね。そこで、「餅」の句を探してみました。

 

餅雪をしら糸となす柳哉

餅を夢に折結ふしだの草枕

餅花やかざしにさせる娌(よめ)が君

誰が聟(むこ)ぞ歯朶に餅おふうしの年

煩(わずら)へば餅をも喰はず桃の花

鶯や餅に糞する縁のさき

 

やはり「餅」の句となるとお正月らしいですね。けれども「餅」は季語としては冬ですが、現代では春の季語とされている言葉との季重なりが目立ちます。

 

初春先酒に梅賣にほひかな

幾霜に心ばせをの松かざり

古畑や薺摘行男ども

二日にもぬかりはせじな花の春

よもに打つ薺もしどろもどろ哉

元日は田ごとの日こそ戀しけれ

やまざとはまんざい遲し梅の花

元日や猿に着せたる猿の面

蒟蒻にけふは賣かつ若菜哉

蓬莱に聞ばや伊勢の初便

一とせに一度つまるゝ菜づなかな

むめがゝにのつと日の出る山路かな

 

初日の出の習慣は、日本古来のものであるようなのですが、明治以降に盛んになったと言われています。芭蕉の句にも「日の出」とあり「初日の出」とは詠んでいません。

芭蕉の時代には春とともにお正月を迎えますから、薺や若菜などの句が新年に詠まれています。今でも七草粥にその名残りがあります。元日や二日と言った三が日の句も詠まれていますね。

 

(2018・1・8)

 

芭蕉の詠んだ年末の句

成にけりなりにけり迄年の暮

わすれ草菜飯につまん年の暮

年暮ぬ笠きて草鞋はきながら

めでたき人のかずにも入む老のくれ

年の市線香買に出ばやな

月雪とのさばりけらしとしの昏

旧里や臍の緒に泣く年の暮

皆拜め二見の七五三をとしの暮

盗人に逢ふたよも有年のくれ

魚鳥の心はしらず年わすれ

分別の底たゝきけり年の昏

古法眼出どころあわれ年の暮

 

芭蕉が師走も押し迫った年末の句として「年の暮」を詠んだ句は約12句ありました。年の市や年忘れも含めて抜粋致しましたが、毎年、それぞれの年末の様子が垣間見れます。

年の暮には、芭蕉も魚や鳥を食べて無礼講だったのか、動物を憐れんでいる句が印象的です。

旅の俳聖だけあって旅先で年末を迎えることもあったようですね。見知らぬ土地での切なさを感じる句もあります。

ふだんの旅吟よりどこか切ない年の終わりを惜しみつつ、来る年を待ちわびている芭蕉の気持ちが、時を越えて今の平成に生きる私達にも伝わって来ますね。

 

芭蕉の詠んだ時雨の句

1初時雨初の字を我時雨哉
2初しぐれ猿も小蓑をほしげ也
3旅人と我名よばれん初しぐれ
4時雨をやもどかしがりて松の雪
5世にふるもさらに宗祇のしぐれ哉
6山城へ井出の駕籠かるしぐれ哉
7作りなす庭をいさむるしぐれかな
8宿かりて名を名乗らするしぐれ哉
9新わらの出そめて早き時雨哉
10白芥子や時雨の花の咲つらん
11人々をしぐれよやどは寒くとも
12一尾根はしぐるゝ雲かふじのゆき
13しぐるゝや田のあらかぶの黑む程

11月になりました。立冬も過ぎて小春日和がぽかぽかと心地よい季節です。
ここでは、芭蕉の詠んだ「時雨」をピックアップしました。冬になると朝晩の時雨が寒さを呼んできます。
ちょうど「小六月」と言われるように「時雨」の季節です。

さて、芭蕉が時雨を詠んだ句は約13句ありました。3の句は芭蕉44才「笈の小文」の句です。旅の俳聖と言われる芭蕉らしい句ですね。秋も深まり冬がやってきた儚い漂泊の身の上を詠んでいます。

こうしてみると時雨には季重なりの句が多いようです。季節が移り変わる晩秋から初冬に詠まれているからでしょう。

芭蕉の句の特徴なのかあまり寒さが厳しくて時雨が冷たいという感じの句は無いように思いますね。これは「時雨」という降ったりやんだりのはっきりしない天候を上手く表しているためにユーモラスな感覚の句となるからなのでしょう。