芭蕉の詠んだ秋の月

芭蕉の詠んだ月

いつの間にか九月となりました。今年はこれまでよりも秋らしくなるのが早く感じます。
台風が来るたびに涼しくなる季節です。そして、秋と言えば一年の内で月が一番美しく見える季節です。そこで芭蕉が詠んだ秋の月の句を抜粋してみました。やはり月の句はとても多く約77句もありました。まずは、その中で有名な名句を5句。

名月や池をめぐりて夜もすがら
あの中に蒔絵書きたし宿の月
俤や姨ひとり泣月の友
一家に遊女もねたり萩と月
衣着て小貝拾はんいろの月

まずどなたもご存知の名句から抜粋しました。この句は、芭蕉43才の頃に芭蕉庵で詠んだ句とされています。秋の夜長の美しい月が池に移る光景が目に浮かびますね。

そして、次の句は、お盆の様にまん丸い月を詠んでいます。工芸品である漆器の蒔絵の豪華さが想像できますね。

次は、更科紀行で有名な句です。切ない伝説のある木曽は信州の山奥の句です。

その次は、奥の細道で有名な句ですね。北陸一の難所と言われる親不知子不知を過ぎて金沢へ向かう途中の宿場での一夜を芭蕉が詠んだものです。46才の頃とされています。

最後の句は美しい浜で知られるいろの浜で月を詠んでいます。月夜の浜辺で小貝を拾っている芭蕉の姿が思い浮かびます。とても風流で風雅の極みです。

 

~芭蕉秋の月を詠んだ句一覧~

1月ぞしるべこなたへ入せ旅の宿
2たんだすめ住ば都ぞけふの月
3影は天の下でる姫か月のかほ
4かつら男すまずなりけり雨の月
5命こそ芋種よ又今日の月
6詠るや江戸にはまれな山の月
7けふの今宵寝る時もなき月見哉
8今宵の月磨出せ人見出雲守
9木をきりて本口みるやけふの月
10實や月間口千金の通り町
11蒼海の浪酒臭しけふの月
12月十四日今宵三十九の童部
13馬に寝て殘夢月遠し茶のけぶり
14みそか月なし千とせの杉を抱あらし
15雲折々人をやすむる月見哉
16名月や池をめぐりて夜もすがら
17座頭かと人に見られて月見哉
18明行や二十七夜も三日の月
19月はやしこずゑはあめを持ながら
20寺にねて誠がほなる月見哉
21賎のこやいね摺かけて月をみる
22いものはや月待さとの焼ばたけ
23何事の見たてにも似ず三かの月
24あの中に蒔絵書きたし宿の月
25俤や姨ひとり泣月の友
26月影や四門四宗も只一ツ
27いさよひのいづれか今朝に殘る菊
28木曽の痩もまだなをらぬに後の月
29明月の出るや五十一ヶ條
30涼しさやほの三か月の羽黒山
31雲の峰幾つ崩て月の山
32其玉や羽黒にかへす法の月
33月か花かとへど四睡の鼾哉
34一家に遊女もねたり萩と月
35名月の見所問ん旅寝せむ
36月見せよ玉江の芦を刈ぬ先
37あさむつや月見の旅の明ばなれ
38あすの月雨占なはんひなが嶽
39月に名を包みかねてやいもの神
40義仲の寝覺の山か月悲し
41中山や越路も月はまた命
42國ゞの八景更に氣比の月
43月清し遊行のもてる砂の上
44名月や北國日和定なき
45月のみか雨に相撲もなかりけり
46ふるき名の角鹿や恋し秋の月
47衣着て小貝拾はんいろの月
48そのまゝよ月もたのまじ伊吹山
49かくれ家や月と菊とに田三反
50月さびよ明智が妻の咄しせむ
51名月や兒たち並ぶ堂の縁
52名月や海にむかへば七小町
53明月や座にうつくしき顏もなし
54月しろや膝に手を置く宵の宿
55九たび起ても月の七ツ哉
56三井寺の門たゝかばやけふの月
57米くるゝ友を今宵の月の客
58やすゝと出ていざよふ月の雲
59十六夜や海老煎る程の宵の闇
60鎖(ぢやう)あけて月さし入よ浮み堂
61名月はふたつ過ても瀬田の月
62橋桁のしのぶは月の餘波かな
63夏かけて名月あつきすゞみ哉
64川上とこの川しもや月の友
65十六夜はわづかに闇の初哉
66みしやその七日は墓の三日の月
67入月の跡は机の四隅哉
68月やその鉢木の日のした面
69名月に麓の霧や田のくもり
70名月の花かと見へて棉畠
71今宵誰よし野の月も十六里
72菊に出て奈良と難波は宵月夜
73升かふて分別替る月見哉
74秋もはやばらつく雨に月の形
75月澄むや狐こはがる兒(ちご)の供
76しばのとの月やそのまゝあみだ坊
77名月の夜やおもゝと茶臼山

 

芭蕉の七夕の句

芭蕉の七夕の句と言えば、有名な「奥の細道」の句を思い出しますね。

 

荒海や佐渡によこたふ天河   芭蕉

 

「天河」が季語ですが、奥の細道の名句で七夕に書かれたとの記録が曽良書留にあることから、七夕の句となりますね。

 

七夕のあはぬこゝろや雨中天  芭蕉

七夕や秋を定むる夜のはじめ  芭蕉

 

「七夕」という季語から始まる2句です。最初の句は芭蕉24才の時の句。七夕の伝説になぞらえた句で、雨の七夕の夜をよんでいます。

後の句は芭蕉51才の時の句です。七夕がくると秋がやって来る暦では立秋を迎える思いを詠んでいます。

芭蕉の句から七夕を探してみました。案外少なく3句でした。今日は七夕です。東京は晴れていて月が良く見えています。天の川も見えるでしょうか。窓の外を覗いてみたいと思います。

 

芭蕉の食の俳句「茄子」

芭蕉の食べ物俳句に、茄子の句を見つけました。

茄子は夏の季語ですね。

そろそろ美味しい季節かと思います。

江戸時代の芭蕉は、茄子でどんな句を詠んでいるのか見てみましょう。

 

秋涼し手毎にむけや瓜茄子

めづらしや山を出羽の初茄子

 

これは茄子を「なすび」と呼んでいますね。まづ初めの句ですが、出だしの上五から季節がずれています。「秋涼し」とは、勿論、秋の季語です。なのに最後の下五で「瓜茄子」で締めています。これは「うりなすび」となりますね。うりとなすとしても、どちらも夏の季語なのです。これでは季感が合いません。芭蕉は、夏の終わりから秋の初めに、すでに良く熟した瓜や茄子を手でそのまま向いて食べれるようになったという季節の移り変わりを詠みたかったのではないでしょうか。なすにはうりのような細長い品種があることも考えられますね。けれども江戸時代のことですから、瓜は今の胡瓜かもしれません。

次の句は前回の食の句のブログにも含まれていた句です。芭蕉が「奥の細道」で出羽に行った時の句です。ここでは「初茄子」なので初夏でしょう。季感ははっきりしますし、まとまった句ですね。出羽三山が浮かびますね。

ここで、もう一句見つけたのでご紹介します。

 

梅若菜鞠子の宿のとろろ汁

 

この句は「とろろ汁」を詠んでいます。これは、芭蕉が奥の細道のあとの猿蓑で読んでいる句ですから、東海道丸子の宿だと思われます。古来から有名な「とろろ汁」は、丸子の宿が名産地なので季語では秋ですが、どうやら梅が咲く若菜の頃でも食べられていたようですね。これも、最初の「秋涼し」の句のように季重なりなので季感がはっきりと解らない句です。それでも、春の季語から始まっているところから、春の句なのではないかと考えられますね。

このように食べ物は季節感が豊富なので、さまざまな解釈が考えられて面白いですね。

最後に少し面白い茄子の成句を揚げておきましょう。

 

瓜の蔓に茄子はならぬ

秋茄子は嫁に食わすな

なんて言われているのですね。案外、芭蕉も知っていた成句かも知れません。

 

 

 

 

芭蕉の詠んだ「紫陽草」

もう六月です。この時期はやはり紫陽花が美しいですね。
紫陽花は日本が原産のようです。特に「額紫陽花」が日本古来からの紫陽花のもととなると言われています。
そこで、芭蕉は紫陽花を詠んでいるのかと思いました。
紫陽花の句は「紫陽草」として2句ありました。

紫陽草や藪を小庭の別座敷

この句は元禄七年芭蕉51才の時に詠まれた句です。この頃は人生五十年と言われていた江戸時代にはかなり芭蕉も体が弱っていたころでしょう。最後の旅の送別に催された歌仙の句会の席の句とされています。このあとの秋には病中吟として有名な「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」を詠んでいます。

そして、もう1句。

紫陽草や帷子時の薄浅黄

この句は、いつ頃の句なのか不明のようです。年号不知の句とされています。

この二句は今の「紫陽花」と書くあじさいではなく「紫陽草」と書かれていますね。

「あぢさゐ」と平仮名では書かれていたようですが、今のような珠紫陽花ではなくて雪の下のような儚げな四葩だったのでしょうか。色は青から紫色に変化していたのだと解釈できます。

それにしてもこの2句、何故「紫陽草」と表記されているのでしょうか。

現代では、通常「紫陽花」と書きます。なのに、この2句は花ではなく草と書いています。これは芭蕉の書き間違いでしょうか。

そこで、少し調べてみました。

この紫陽花は、昔ながらのユキノシタ科の今の原種といわれている日本特有の額の花ではないかと思いました。万葉集のころからすでに紫陽花はあぢさゐとしては多く詠まれています。

ですから、江戸時代にはこの昔ながらの「額の花」をあぢさゐとして詠んだのではないでしょうか。

そうして、花が草とあるのは、額の花であれば、別名「額草」とも称されているのです。これは「額の花」の別名として三省堂大辞林に確かにあります。

そこから、芭蕉は額を紫陽として花を草としたのではないでしょうか。こう書けば、がくそう=あぢさゐとなります。そして、漢字をあてたのでしょう。

こうしてみると、足元の雨を弾くような儚く移ろい咲く姿が、「草」という字にすることで思い浮かびます。

 

 

芭蕉が詠んだ「五月雨」

芭蕉は「奥の細道」の中で、五月雨の句を何句か詠んでいます。

まずは、平泉の章

五月雨の降のこしてや光堂・・・芭蕉

この句は、中尊寺の金色堂を詠んだとされて有名ですね。

そして、もう一句は、最上川の章

五月雨を集めて早し最上川・・・芭蕉

この句は最上川の広大な川下りを詠んでいます。

どちらも「五月雨」ですから五月の頃の句ですね。

芭蕉は、奥の細道で江戸から日光を通り白川の関を越えて松島を巡り、そして中尊寺から山寺、そして更に、最上川を下り日本海の酒田へ出ます。

この二句は、その太平洋から日本海へと日本列島を横断する際に詠まれた二句ですね。

厳しい難所をいくつも歩き、そして、今でも有名な観光地である中尊寺や最上川で詠んでいます。

五月の長雨が降りつづくなかでの旅であったことが読み取れますね。

 

青葉の季節

もうすぐゴールデンウイークですね。この頃になると青々とした若葉が美しくふと、「目に青葉・・・・」と思いうかべます。

これは有名な句ですね。でも、この句よく勘違いされているんですよ。

実はこの句は

目には青葉山ほととぎす初鰹・・・山口素堂

という句なんです。

こうしてみるとこの句はかなりハチャメチャな句なんです。

まず、上五が、「目には青葉」6文字で字余りです。

そして、中七「山ほととぎす」ここで上五の「青葉」と「ほととぎす」が季重なりです。

更に、下五「初鰹」でこれまた季重なりです。

何と、字余りの破調で、しかも季重なりなんですね。

面白い句です。作者の山口素堂(やまぐちそどう)という人物は、江戸時代中期の俳人で、芭蕉と親交を結んで蕉風の成立に影響したとされています。

昔から名句は型破りなんですね。

青葉の美しい季節がくると日本人なら誰でもが思い出す名句ですね。

(2017・4・24)

 

一茶の「夕ざくら」

今日は小林一茶の桜の句をご紹介

夕ざくらけふも昔に成にけり       一茶

この句は小林一茶の句です。一茶48歳といわれ「七番日記、文化七年二月」の作品です。
一茶にしては風情のある情景を詠んでいますね。
どこか物憂げな感覚が桜の頃のあっという間の凄まじさを上手く表現されています。

(2017・4・23)